この記事は、深見東州(半田晴久)先生の著作でベストセラーとなっている、「大創運」から引用しました。ワールドメイトのリーダーである深見東州先生の教えの一端を、ぜひご覧下さい。
神の道に行きつくところに、いかなる結果が待ち受けているかは、個々人によって異なる。それは、神の道を歩いた人がそのつど体験し体得することである。理屈ではないのである。つまり、生きる一瞬一瞬の間に、真、善、あるいは美しいものを感じ取ることそのものが、そもそも幸せなことであり、それはまた、神なる存在を直接感知することなのである。
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神の道に行きつくところに、いかなる結果が待ち受けているかは、個々人によって異なる。それは、神の道を歩いた人がそのつど体験し体得することである。理屈ではないのである。つまり、生きる一瞬一瞬の間に、真、善、あるいは美しいものを感じ取ることそのものが、そもそも幸せなことであり、それはまた、神なる存在を直接感知することなのである。
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ところで、生きている限り、真、善、美、永遠、無限、広大、高潔、繊細といった言葉で表現される現象に出会う。その一方、虚偽、悪、醜、刹那、有限、偏狭、不潔、鈍感といった言葉で表現される現象にも遭遇する。これらを選り分け、自分に真にプラスになるものだけを感じ取って生きることが、本当の幸せのつかみ方であり、それが「神の道」の一歩なのである。それを悟り方の工夫という。
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私の説く神の道とは、神界と霊界と現界の三局融合の正道である。それぞれのポイントをおさえて、いずれにも偏らず、要するに人々と世界が幸せであればよいのである。これが「中庸」の原局であり、万物創造主の大御心なのである。
この原点に絶えず帰っていれば、決して道を間違うことはない。すべての創造とは、基本に帰り、原点に帰って一歩踏み出す時になされるものである。運命の創造である「創運」も、ここに立ち帰ってはじめて成就されるといえよう。