2009年10月31日

納める人の境地がお玉串にそのまま乗っている

このブログでは、世界中に愛をワールドメイトとその主宰者である深見東州先生(半田晴久氏)について書いていきたいと思います。

028お玉串とは何か(6)

封筒の中にはお札が一枚入っていて、

「あーあ、空しいよねー、こんなお金出しても、俺が何かもらえるわけでもないのに」

というものがあったそうです。

次に見てみると、一円玉が一枚ポッキリ入っている封筒があったそうです。

そこから聞こえてきた声は、

「何を言っているのだ。気持ちさえあれば、一円だって無いよりはましなのだ。気持ちが大切だ。ゼロより一円のほうがいい。一円でもあるほうがいいと思うがいい。」

というものでした。

さらに見てみると、そこに黄金輝くばかりにまばゆい、光り輝いている封筒がありました。
そこから聞こえてきたのは、

「今、財布には四千円しか残っていないが、電車代とバス代を残せば三千五百円を出すことができる。これをさせて頂こう。神様に役立てていただこう」

というものでした。

この三つ目の例は、実際の金額は三千五百円でも、神様から見た値打ちとしては五万円分くらいになっていたそうです。

つまり「神仏のためにぜひ自分なりに精いっぱいさせて頂きたい」という純粋な気持ちでしたなら、それが誠であり、神霊界では黄金まばゆい天徳となっているのです。

そして天に徳を積めば、一時は苦しい時があっても、必ず何らかの形で、二倍、三倍にして返して下さるのが、本当の正神界の神々というものなのです。

人が誠をもって純粋に神様に向かう時、その純粋さと誠を受け取ってくれる神様がいらっしゃらないわけがありません。

人の真心がどれだけ本物で、それがどこまで本当の誠として形に表せているのか、その点を神仏は見ておられるのです。

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posted by まりこ at 20:00| Comment(0) | 玉串 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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