2009年10月22日

霊言はすべてまやかしもの

このブログでは、世界中に愛をワールドメイトとその主宰者である深見東州先生(半田晴久氏)について書いていきたいと思います。

019審神の基礎(8)

引き続き大除霊(深見東州著)から見てみます。

「霊言はまやかし(4)」

「ましてや、厳格な審神学と天界の様子を知悉している内覚力が乏しい霊能者たちの、低い霊的なレベルで、すば抜けた審神師も側にいないままで、天照大御神をはじめとする神典に登場される神々が、正確に霊言やら神示をドンドンお出しになるわけはない。

お出しになるとするならば、清浄域に詣でた後、おごそかに、神韻馥郁たる(=神気が香り立つようすのこと)寸言(=短いが意味の深い言葉のこと)をもって要約をお示しになる程度なのである。

(途中略)

また、どんどん出てくる自動書記も、すべてまやかしものであるといったが、口が手になっただけで、基本的には同じことである。

(途中略)

このように、立派な神様と称する霊が突如現れて、どんどん自動書記でちょっといい内容のものを出されても、それは決して正神界の高貴な神様ではないのである。

読者諸氏は決してこのようなものに興味をもたれたり、だまされることがないようにしていただきたい。」

以上、深見東州先生の大除霊から見てみました。

これまで見てきた通り、「ベラベラ」と出てきた「ご神示」は間違いなく「高級霊ではない」のです。

出てきた「ご神示」の内容が、具体的で細かく指示しているもので、あれはいいがこれはダメ、といった内容なら、ほぼ間違いなくそれは眷属のレベルです。

低級霊ほど、その人の自主性を無視するからです。

そして、邪霊なら、その人の人格と心と肉体を乗っ取って「支配したい」と考えるのです。

全体の内容に一貫性がなく、ごく普通に常識の範囲で考えた時に「支離滅裂」な内容であれば、まず大抵の場合、「稲荷」の妄言だと考えて間違いありません。

(この項目おわり)

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2009年10月21日

その人の腹の奥とその人の人格と日常の生き様に合った霊しか呼べない

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018審神の基礎(7)

引き続き大除霊(深見東州著)から見てみます。

「霊言はまやかし(3)」

「いかに出口王仁三郎が偉大なる影響力を持った宗教家であり、大霊能者であったのかが、おわかりになることと思う。しかし、その出口王仁三郎ほどの大霊能者にあっても、鎮魂法帰神術を断念せざるを得なくなったのである。

『人々は霊能を開きたいばかりにやってきては、鎮魂法帰神の神法を請い願う。どんなに厳修しても、その人の腹の奥とその人の人格と日常の生き様に合った霊しか呼べないし、来ないのだ。

少しよさそうな人物だと思ってやっても、やっぱりだめだ。神霊の後には必ずすぐに邪神が来て、当人はたぶらかされていても気づかず、自分で取り払うこともできない。

信仰の基礎が定着していないからだ。

百人やって一人が少しましな霊が定着する程度だ。

しかし、その人も、しばらくすると間違った方向に行って、結局は魔にやられてしまうことになる。

ああ、真に誠がきわまって、信仰力が透徹した人物はいないものかなあ』

という歎きが常日ごろの王仁三郎であった。

それだけならまだよかった。遂に、信頼していた弟子たちが、開祖出口直の『おふでさき』の予言や内容に関してまで、自分勝手に鎮魂法帰神術をやっては、ご神霊を降ろし、神示の独自な解説をやりはじめたのだ。それが、大本内部のみならず、世間の人々をも混乱に陥れたのは言うまでもない。

そんな折りも折り、神様から正式に王仁三郎に対して、鎮魂法帰神術を再び行わないようにとの申し渡しがあったのである。

出口王仁三郎ほどの人物の側にいても、ご神霊や高級霊を身体によせて、口を切って神言、霊言を語らせる方法の、魔の入りやすさを回避させることはできなかったのである。」

(続く)

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2009年10月20日

出口王仁三郎の鎮魂法帰神術

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017審神の基礎(6)

引き続き大除霊(深見東州著)から見てみます。

「霊言はまやかし(2)」

「先人たちの実例を示しておこう。

日本の歴史上、高級霊や日本神界の高級神霊を、直接お呼びして、神言、霊言を語らせていた人がいた。それが神功皇后の神がかりを審神した武内宿禰であり、それ以来絶えて久しかった日本霊学を、見事におこした中興の祖と仰がれる本田親徳(ほんだちかあつ)翁、その弟子長沢雄楯氏などである。ここで開かれた道が、「鎮魂法帰神術」といわれるものであり、有名な出口王仁三郎や友清歓真、副島種臣などが門下生としていたのである。このあたりから審神(さにわ)という言葉が一般的になったのである。

(途中略)

ここで、一層霊覚を磨いた出口王仁三郎は、大本教でも、盛んに鎮魂法帰神術を行った。

この出口王仁三郎の鎮魂法帰神術によって霊的に心眼を開き、出口王仁三郎の薫育によって後に一教団を開宗できるまでに至った弟子たちが、生長の家の谷口雅春氏であり、世界救世教の岡田茂吉氏であり、日本神霊協会の浅野和三郎氏であり、三五教(あなないきょう)の中野与助氏であり、その他、数十人にも及ぶ戦後の新興教派神道系の教祖たちなのであった。

それに合気道を創設した植芝盛平氏も、出口王仁三郎の愛弟子であったことも見逃せない。

(続く)

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2009年10月19日

高級霊や高貴なご神霊が人に憑いて霊言を発することはない

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016審神の基礎(5)

引き続き、深見東州先生の「大除霊」から見てみます。
(深見東州、(1998). 大除霊、たちばな出版、pp.83-89)

「霊言はまやかし(1)」

「第三の、口をついて出てくる霊言やそれらを本にしたもの、またどんどん出てくる自動書記は、すべてまやかしものであるという点だ。この、霊媒に霊を宿して口を切らせるというやり方、(青森県の)恐山のイタコの『口よせ』が有名だ。しかし、「口よせ」で出てくる霊は両親かおじいさんか、近い親戚などの粗く低い次元の霊であり、決して、高級霊や、正神界の神々たちが来たることはない。

第二のところでも話したが、そもそも高級霊や本当の高貴なご神霊が、ベラベラ人について霊言を発したりはしない。内的に深い部分へ、短く、ポイントを示されるだけだ。

あとは、その人と一体となり、その人の一部として黙って活動をしておられるのだ。

ところで、たとえばもし仮に、少しましな霊がついて短い霊言を口から発したとしよう。そういう場合でも、次の瞬間、まったく別な霊が出てきて妖言、過言、暴言をベラベラと発するようになるのである。

お稲荷さんが化かして言わせることも多い。

ちょっとましな内容かなと思っていたら、冷静に全体を何度も調べていたら、頭がゴチャゴチャして何だかよくわからなくなる。『愛だ、光明だ、新しい時代がやってくる……』などという言葉に、決して翻弄されてはならない。

皆、ちょっと賢い低級霊のいたずらであるからだ。」

(続く)

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2009年10月18日

高級霊や高級神になればなるほど短いフレーズで出てくる

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015審神の基礎(4)

「審神の二大ポイント(3)」

さらに深見東州先生の大除霊から見てみます。

「第二に、高級霊や高級神になればなるほど、短いフレーズで出てくる点について。これは、人間のレベルの高い低いと同じことである。

低いレベルの人であればあるほど、言葉丁寧に、解説と背景を細やかに知らせなければ、意思は通じない。

しかし、高いレベルの人は、深くて高度な咀嚼力があるので、寸言にてすべてを解することができるのだ。『一を聞いて十を知る』『皆まで言わずとも、心底をお察し申し上げる』というわけである。

また、本来、神示や霊言は、やむを得ない神霊界からの伝達手段であるから、なるべく必要最少限度のものにしておきたいのが、神々や高級霊たちのご希望なのだ。

だから、最後のギリギリの霊覚の位を上げる一言であったり、時代を告げる要約文であったりする。短い言葉や文であればあるほど、そこから広がるニュアンスは、奥深く、そして、幅広く受け取ることができる。

よく、講演などでお話しをするのであるが、神無月に出雲に集まって神々が会議をなさるというが、あれは、決して侃々諤々(かんかんがくがく)の議論をしたり、チャートや統計を示して説明するなどということはない。歌のやりとりであったり、禅の公案のやりとりのようであったりする。お互い過去、現在、未来を知悉する神様同士なのであるから、一言で済むわけだ。」

(続く)

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2009年10月17日

やさしくてあっさりしていて素直さと品格がある

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014審神の基礎(3)

「審神の二大ポイント(2)」

引き続き深見東州先生の大除霊から見てみます。

「本物そっくりな絵や書でも、色彩や構図や線がどんなに立派にできあがっていても、そこからにじみ出てくる無形の気韻こそが、それをつくった人の内面性、すなわちその作者の魂の証明であり、その魂の住む神霊界の現れであるので、

そこが高貴なものであり、華麗に気韻生動していなかったなら、その絵や書はにせものなのである。本物のすばらしい絵や書を絶えず見慣れている人なら、パッと見ただけでそれが見抜けるものである。神示、霊言の審神の基本もこれと同じだと思っていい。また、こういうたとえもできる。

理屈をこね回して、何とか三十一文字にしたという歌は腰折れ歌(=和歌で腰の句(第三句)と第四句とがうまく続かない歌のことを言う。また、自作の歌をへりくだっていう語。腰折れ。)であり、高貴ですばらしい魂の歌人が詠んだ歌は、やさしくて、あっさりしていて、素直に表現されてはいるが、歌のしらべに品格というものがあり、何度口ずさんでも御魂に響き来たるものがあるのである。

たとえ、内容のいい神示、霊言ではあっても、言霊のしらべと品格というものがなければ、それは正神界の高級霊が語った霊言やご神示ではないのだ。」

(続く)

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2009年10月16日

まず第一に気韻生動を見る

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013審神の基礎(2)

引き続き、深見東州先生の大除霊から引用してみたいと思います。

(深見東州、(1998). 大除霊、たちばな出版、pp.78-81)

「審神の二大ポイント」

「ここで読者の方々が悪霊にやられないよう、一般的な霊言、神示の審神の基礎を、もう少し詳しく紹介することにする。

まず第一に気韻生動を見る。

第二に、長文ではなく短文であり、一言が万意を含むかどうかを見る。

第三に、霊言、神示の出かたが、口をついて出てくる霊言やそれを本にしたもの、またどんどん出てくる自動書記などは、すべてまやかしものであるということ、その他いろいろと項目があげられるが、紙面の都合上、ここでは割愛させていただく。

まず第一の気韻生動とはいかなるものか。これは、中国で昔からいわれている絵の良し悪しを見分けるポイントを表す言葉である。一言でこれを説明すれば、書や絵に表されたものの気や余韻が、生き生きとして命あるもののごとく動いているのが良い、という意味である。

これを霊言や神示にあてはめてみると、霊言や神示として出された文字や言葉が、神韻縹渺(しんいんひょうびょう=神なる気がほんのりかすかに感じられるさま)として高貴であり、生き生きとした調べや響きがあること。また、すがすがしくてほの温かく、凛然とした(=きりりとひきしまっているさま)威厳があって、芸術をよく解する人の胸にも、津々と響き渡ってくるものであること。こういうのが良いということになる。

これがわかれば、その霊言やご神示が、頭から捻出されたものか、高級霊の魂の底からにじみ湧き出でたものか、はっきりするのである。」

(続く)

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2009年10月15日

審神(さにわ)の基礎

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012審神の基礎(1)

ここで、いかにも本人が自分から行動していると思っていても、実際は邪霊に乗っ取られて操られているという状態、これがどのように始まるのか、それを見てみたいと思います。

深見東州先生の「大除霊」に具体的に書かれています。

(深見東州、(1998). 大除霊、たちばな出版、pp.73-74)

「基礎的な審神(さにわ)のやり方」という題で書かれています。

「以前、女性の霊能者でこういう人があった。どこかで少し瞑想を覚えて、トランス状態になることを覚えた彼女は、本来、たいへん読書好きであったので、その後も読書を続けた。ところがである。あるとき、昔読んだ本の内容と著者のことが頭に浮かんできたかと思うと次々と自動書記が始まったのだ。

それからというもの、少しお祈りをして瞑想をすると、霊言がポンポン飛び出すようになった。しかも、その霊言の主が三大聖人をはじめとする日本と世界の歴史に名前を残した錚々たる方たちのものなのであった。彼女は有頂天になった。自分は、まるで『シルバーバーチの霊訓集』を出した人になったような気分だったのだ。

その後の詳細は省くが、最近結構こういう人が増えてきて、私のところにも、長い霊言の冊子やテープなどが送られてくることがある。多い時には月に二〜三人からやってくることがあるくらいだ。むろん、郵便物をパッとさわるだけで邪気とわかるものばかりである。中には、暖気があって少しましかなと思って開いたとたん、金毛九尾の白狐がひそんでいることもある。神気に近いものを出す魔界の大物である。」

とあります。

(続く)

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